書評(「J-IDEO」2018年1月号掲載)
書評者:倉原 優(国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科)
田中竜馬先生は日本から8,000 km 以上離れたアメリカ・ソルトレイクシティで勤務されているにもかかわらず,日本でも精力的にセミナーを開催されている集中治療医です.海外で活躍している無名の名医はたくさんいますが,田中竜馬先生は日本でも広く知られています.名前はかっこいいし,テーラードジャケットが似合うナイスガイだし,セミナーでは女性に大人気だし,非の打ちどころがなくて実に羨ましい.私の周りに集まってくるのは,呼吸器内科オタクのやさぐれた男ばかりというのに.……おっと,書評だというのに思わず嫉妬をぶちまけてしまいました.
私は田中竜馬先生の書籍をたくさん持っています.というか,たぶん全部持っています.どの本も初学者から上級者まで爽快な読後感が得られる完成度の高いものばかりで,この血ガスの本も読めば目からウロコが落ちるだろうというのはわかっていました.もはや,「一体どれほどのウロコが落ちてどのくらい視界が広がるだろうか」というレベルだったのです.
ここだけの話ですが,私は呼吸器内科専門医のくせに血ガスが嫌いです.もちろん,診療に支障をきたさない程度の基本的なことは押さえているつもりですが,それでもアンチョコを取り出さないと細かいポイントが思い出せないので,現場では「まぁこんな病態だろう」というざっくりとした解釈をしていることも多い.
実は日本には私のような「ざっくり血ガス医師」がたくさんいます.研修医のころにレクチャーしてもらっても,それをずっと実践できている医師は少数派です.道程のどこかでエッセンスを置き忘れてきちゃう.回れ右してそれを取りに戻れる勇気がなくて,なんとなくこれでいいやと思いながら前に進んでしまう.この本は,置き忘れたエッセンスを最短距離で取りに戻れるトラベルツールです.ただし,血ガスの基礎からやり直したい人は,前著の『竜馬先生の血液ガス白熱講義150 分』から読むことをおすすめします.
この本を読み終えて驚いたことが3 つあります.1 つ目は,150 ページというコンパクトさにもかかわらず内容がとてつもなく濃密であることです.数時間で読み切ろうなどと思わないほうがよろしい.反芻しながら読むのなら,数日はかかるでしょう.いや,しかしどうやってあれだけの内容を150 ページに詰め込むことができたのか,いまだに不思議です.2 つ目は,この本には参考文献などなく,血ガスマスターの田中竜馬先生の脳で書き上げたという事実です.言い換えれば,これは二番煎じの医学書なんかではなく,田中竜馬先生のオリジナルレクチャーをそのまま受けられる本だということです.そう考えると,大バーゲンセールですよ.そして3 つ目は,ページの終わりに空港からアメリカに帰国する田中竜馬先生の爽やかなイラストが掲載されていたことです.女性ファンはこれでイチコロです.悔しいが,これがとどめの一撃というやつでしょう.え,男の嫉妬はしつこい?
さて,本を開くと最初に出てくるのは「pH7.55,PaCO2 13 mmHg,PaO2 24.6 mmHg,HCO3− 10.8mEq/L」という症例の血ガスです.死人? ちがいます,歩行可能な生きている人の血ガスです.さぁ,J-IDEO の読者のみなさん.果たしてこれがどういう状態なのか,読み解くことができますか?
―答えは本のなかにあります.