『標準があり,臨床がある』
救急・集中治療の診療領域は,特殊な複雑系である.診療対象となる患者は“緊急度”と,“重症度”が高い.すなわち,適切な診断治療介入を,適切な時間軸の中で提供しなければ,患者を失うことにつながる.
もう一つ,この領域は,医師のみならず多職種が関与する“チーム医療”の意義が大きい.チーム医療の利点は数多く指摘されてはいるが,ケア提供者側の複雑性を増すという負の問題もまた抱えている.
この複雑系の中で,患者に適切なケアを直ちに提供するためには,シンプルな“標準”が必要である.この標準は,科学的エビデンスに立脚しており,簡便で使いやすく,その適用により患者転帰改善に貢献できるものでなければならない.マニュアルやプロトコルなどと呼ばれる.
標準のない診療,例えば,個々人や同僚,上司の経験則のみに頼る診療,あるいは,機会ごとに成書に頼る診療では,この複雑系を上手く御することはできない.
一方,標準は唯一無二ではない.各施設,各現場に応じた,標準があって良い.そのためには,基本となる標準をまずは知る必要がある.本書は,日本の様々な現場で用いられている基本的な標準を寄せ集め,別の現場での参考にして頂くために作られた.
標準があり,臨床があるのである.
最後に何よりも大事なことであるが,すべての診療は,かならずしも標準通り行われないことがあり得る.標準は,比較的“まし”な診療戦略を提供しようとするが,最良の選択は,標準に思考が加わったときに生まれる.一つの標準があり,個々の患者背景,状況,および時系列毎に,その標準を如何に適用するか,あるいは改変するかを考えることこそが,臨床医の責務であり,医師の矜持といえよう.
2017年6月
ひろしま郊外の温泉町で,森の香りと清流の音に包まれて
志馬伸朗