序文
日本は,団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に達することにより,介護・医療費などの社会保障費が急増する「2025年問題」という課題に直面しています.2025年に75歳以上の人口が2000万人以上になるとき,欧州心臓病学会ガイドラインにあるように,70歳以上の人口の約10%が心不全に罹患するという報告に基づき試算すると,高齢心不全患者が200万人以上に達します.高齢心不全患者の急増は,多疾病合併心不全患者,低栄養状態やフレイルを伴う脆弱な心不全患者の増加を意味し,「心不全パンデミック」とよばれます.そうなると,もはや大学病院や循環器基幹病院など先進医療を担う大病院で,すべての心不全患者に対応することが不可能な時代を迎えます.そのような状況で,脆弱で通院困難になった高齢心不全患者さん自身は,どのような終末期診療を望むのでしょうか.厚生労働省が行った終末期の療養場所に関する患者さんの希望を調べた調査では,「自宅で療養したい」という回答が60%以上でしたが,2011年(平成23年)の厚生労働省「医療施設調査」の報告では,訪問診療を実施している医療機関は病院,診療所のいずれも30%以下に過ぎませんでした.高齢心不全患者の増加により,在宅医療を必要とする患者数は増加しますが,実際に提供できる在宅医療には限界があり,このままでは需要と供給に大きな差を生じることが危惧されています.「心不全パンデミック」に対応するために,2016年10月に発表された日本心不全学会の『高齢心不全患者の治療に関するステートメント(高齢心不全患者の治療に関するステートメント策定委員)』において木原康樹委員長は,「心不全が巷に溢れる疾患(Common Disease)と言えるほど一般的な疾患であり,その絶対数がさらに増加する」こと,「高齢心不全患者の管理においては,基幹病院の循環器専門医よりはむしろ,かかりつけ実地医家等が地域で形成する診療体制こそがその診療において主体的な役割を果たすことになる」ことを宣言しました.
これまで,多くの循環器専門病院において,入院から外来診療につながるシームレスな心不全診療と,多職種連携による患者オリエンテッドな診療を目指したさまざまな診療の試みが,数々の書籍にまとめられて出版されています.著者が作成に参加した,日本循環器学会の循環器病の診断と治療に関するガイドラインである『循環器領域における末期医療への提言(2008-2009年度合同研究班報告班長野々木宏)』や『急性心不全治療ガイドライン2011年改訂版 (2010年度合同研究班報告班長和泉徹)』では,現段階においてわが国で一般に認められ,標準化すべき内容が網羅されています.
しかし,高齢心不全患者さんに最も近い存在であるかかりつけ実地医家の立場から,心不全の日常診療における診かたをまとめた書籍はありません.本書は,実地医家の立場で,『かかりつけ医のための心不全の診かた』をまとめました.地域において高齢心不全患者さんの診療にかかわる多くの方々のお役に立てることを願っております.
2017年8月
横山広行