3版の序
精神科医に限らず,臨床医にとって重要な要素を3つ挙げるとしたら,態度,知識,技術と考えています.診療において精神科医がとるべき態度は,常に患者さんを中心に考えるとともに,精神症状の緩和や軽減だけでなく,患者さんの社会機能向上に努め,社会参加をゴールとし,患者に寄り添う真摯で謙虚な姿勢です.知識については解説するまでもありませんが,先達の貴重な経験から最新の医学や科学的研究まで,生涯にわたって広く学習することが必要です.治療技術としては何よりも精神療法についての修練を絶やさないことだと考えます.精神療法の基本はコミュニケーション力であり,精神科医にとってのコミュニケーション技術は,一般社会人としてそれとは異なるものであるということも理解する必要があります.また,診断技術としては,器質性疾患の鑑別能力を高めることです.
医師としてまた専門医としての将来を決定する期間は初期研修から後期研修に至る5,6年です.この期間に態度,知識,技術の3つの要素を妥協することなく徹底的に磨くことが大切です.平成30年度から,新専門医制度がスタートし,また,精神保健指定医の取得要件も改正される予定です.精神科医に求められる医療水準はますます高くなっていきます.患者さん中心の医療を実践し,たとえ完治できる見込みが薄くても,患者さんの社会参加を目標に優れた医療を提供できる精神科医を目指してください.本書がその一助になれば幸いです.
2017年5月
平安良雄
初版の序
50年近い議論の末,平成17(2005)年度から精神科専門医制度がスタートしました.それと同時に専門医としてふさわしい精神科の研修が議論されています.横浜市立大学医学部では,約40年前から,2年間のローテーション研修の後に専門科に進むという今では当たり前となったシステムを維持してきました.当横浜市立大学医学部精神医学教室では,神経科医師の会を中心として,入局後の精神科医としての修養が合理的に効率的に行われるように努めてきました.しかし,これまでのシステムは,指導する側からのパターナリズムに依存した仕組みであったことは否めません.本書は横浜市立大学附属の2つの病院に所属しているシニアレジデントによって企画された精神科専門医を目指す医師のためのレジデントマニュアルです.この企画に沿って各項目を横浜市立大学医学部精神医学教室でシニアレジデントの指導に当たる教員が分担して執筆しました.特に,現場で役に立つ知識と考え方や対応の方法を具体的にまとめることに努めました.診療技能の向上には,まず知識,そして実践での観察力,判断と診療計画,実践とその後の振り返り,欠如していた知識の習得,これらのプロセスの繰り返しです.時には同時にいくつかの工程が進行することもあります.診療は料理のようにマニュアルを見ながら実践することはできませんが,診療中に湧きあがった疑問の整理に本書が役に立てば幸いです.
2009年4月
平安良雄