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書籍詳細

うつ病の医学と法学

うつ病の医学と法学

村松太郎 著

A5判 530頁

定価(本体5,400円 + 税)

ISBN978-4-498-12992-4

2017年06月発行

在庫あり

法で裁かれる犯罪には「判例」というテキストが存在し、被告人が犯行に至るまでの経緯が克明かつ客観的に記録されている。本書では精神医学における重要疾患のひとつである「うつ病」に焦点を当て、「法」の立場からまとめられた判例を症例報告として使用し、「法」「医」それぞれの見地を横断しながらうつ病についての論考を重ねた。新たな視点を切り開く「医学と法学」シリーズ第二弾。

著 者 ●村松太郎

精神科医。医学博士。米国National Institutes of Health (Laboratory of Molecular and Cellular Neurobiology)などを経て、現在、慶應義塾大学医学部精神・神経科准教授。専門は司法精神医学、神経心理学。

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序文

裁判とは、事実を精密に分析する場である。
法廷にうつ病が登場すれば、うつ病を精密に分析する。判決文は法という異界から見たうつ病論である。そのうつ病論たる判例から、刑事・民事あわせて22件を厳選し、逆に医の立場から論じたのが本書である。

裁判はうつ病を精密に分析する。但し精神医学とは目的が違う。
裁判の第一の目的は当の事件の解決であるが、第二の、そしてより大きな目的が、先例として後の裁判の準拠枠になることである。それは同時に社会に示された行動指針という性質を持つ。日常の医療においても訴訟を意識しなければならない時代になっている。患者が自殺した場合の責任の所在。労働者の解雇や自殺における主治医・産業医の立ち位置。そして刑事事件の精神鑑定のあり方。医学者が判例を知ることの意義は大きい。

裁判はうつ病を精密に分析する。但し精神医学とは方法が違う。
キーワードは証拠裁判主義である。確固たる証拠だけに基づいてなされる分析は、医をはるかに超えた精密さを有している。それは精神医学において慣習的に行われている診断手順の見直しを迫っているかのようである。

精神医学はうつ病を精密に分析する。但し裁判とは目的も方法も違うから、全く別の風景が立ち現れる。
 医の目的は治療である。常にうつ病本人のためになされる。だがそれは公正中立の放棄にほかならない。公正中立の放棄は客観性の放棄である。そうした医に内在する性質に基づく判断バイアスがいかに大きいかが、うつ病が法廷に持ち込まれるとありありと露顕する。病気は医学の縄張りだと医学者は無邪気に信じているが、裁判のほうがよほど正確に病気を見つめている点が多々あるのだ。
 医の方法は証拠主義ではない。裁判における事実の追究に比べると、医の事実認定は非常に甘い。だが現実社会は証明できる事実ばかりから成り立っているのではない。証拠だけを材料にする作業が真実を明らかにできるとは限らない。その意味で裁判にもバイアスが相当にあり、医のほうがよほど真実に到達している点が多々あるのだ。

法と医の目的と方法の違いは、医学界とは全く異質のうつ病論を法廷に生み出している。判決とは一種の価値判断であり、裁判所の判断は定義上正義であるから、医の側から異質感や違和感をいくら申し立てても、それは賊軍の論理にすぎない。だが精神医学の少なくとも一部は科学であるから、科学部分について医と法に齟齬があれば、誤っているのは法の側である。価値判断とは認定された事実を土台にするものであって、その事実なるものが非科学的であれば、そこからいかに精緻に論を構築しても誤った結論しか導かれない。かかる誤りが名目正義である判決の中に散見されることは社会にとって不幸なことであるが、逆に法の視点から見れば、医学論文や医療文書にも多数の欠陥が見出されるのであろう。それもまた、判決文の中に映し出されている。

法と医の違いは目的と方法だけではない。言葉が違う。
およそ専門用語とは一定の技術的要求にしたがって創出されたものであって、門外漢の理解の外にある。責任。発症。過失。回復。予見。意識。・・・。さりげない表情をしたこれらの言葉も、ひとたび専門家が口にすれば日常用語からは逸脱した意味を纏って歩き出す。法律用語と医学用語のこのような混交が、うつ病をめぐる裁判の日常風景である。そこでは医は法にとまどい、法は医にとまどう。
 しかし最も混迷を極めている言葉はうつ病そのものである。うつ病概念の拡大と混乱が精神医学界で問題とされてすでに久しい。その影響を最も大きく受けているものの一つが裁判であり、そして裁判は社会を動かし、混乱に拍車をかけている。混乱の源は、すなわち責は、精神医学にある。精神医学が混乱させたうつ病概念は、法廷という異界でさらに改造され、判決文として社会に戻されたうつ病はもはや鵺の如き奇態なものと化している。
 法と医が別々の平面で活動し続ける限り、この混乱は増幅することこそあれ、収拾に向かうことは考えられない。本書は法と医それぞれの実務に役立つことが一義的であるが、その一方で、法と医の健全な融合への一石となることを目指したものである。

2017年5月 著者

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第1章 うつ病の医学
 Case 1 内因性うつ病
  解説 うつ病の「理念型」
 Case 2 躁うつ病(双極性障害)
  解説 躁状態
 ▲▲▲従来診断と操作的診断

第2章 うつ病の法学
 Case 3 心神喪失
  解説 刑事責任能力
 Case 4 過労自殺
  解説 ストレス脆弱性理論
 Case 5 電通事件
  解説 過労自殺裁判のセントラルドグマ

第3章 うつ病の医学と法学:刑事事件
 Case 6 子殺し 心神喪失
  解説 弁識能力と制御能力
 Case 7 親殺し 心神喪失
  解説 非連続な隔絶
 Case 8 孫殺し 心神耗弱
  解説 合理性の列記
 Case 9 産後うつ病 心神耗弱
  解説 躊躇の裏表
 Case 10 生まれてくる孫のために 完全責任能力
  解説 人格異質性の乱用
 Case 11 八方塞がり 完全責任能力
  解説 形式非論理学
 ▲▲▲拡大自殺の理解

第4章 うつ病の医学と法学:民事事件
 Case 12 コンビニ店長の苦悩
  解説 ストレスの客観化
 Case 13 自殺したからにはうつ病
  解説 悪魔の証明
 Case 14 修羅場の後に
  解説 診断閾値の恣意性
 Case 15 不調が見られたからにはうつ病
  解説 安全配慮義務の射程
 Case 16 それぞれの葛藤
  解説 職場のうつ病の現代
 Case 17 スキーを楽しむうつ病患者
  解説 疾病利得
 Case 18 SMプレイもリハビリ
  解説 詐病警報
 Case 19 甘えは禁句か
  解説 「うつ」は病気か甘えか。
 Case 20 職場で録音、職場を撮影
  解説 これは病気。
 Case 21 入院患者の自殺
  解説 「もっとしっかり縛れ」
 Case 22 外来患者の自殺
  解説 自殺防止義務の射程

終 章 うつ病とは何か

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村松太郎 慶應義塾大学医学部精神・神経科学 准教授 著

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