はじめに
わが国には,すべての国民が公的保険に加入し保険証1枚で自由に医師を選び受診できる世界に冠たる医療制度があります.いつでもどこでも安価な医療費で治療を受けることができます.しかし,私たちの利便性とは裏腹に,国全体の医療費は益々増加し,その歯止めが効かなくなっています.また近年,基礎医学が急速に進歩し疾病の早期診断と治療に活かされてきましたが,その反面医療費の高騰も伴っており,まさに医療保険制度の危機・破綻だといわれています.
医療現場の医師は,各専門医とかかりつけ医,中核病院の勤務医などから構成されています.医療経済の面からもそれら医師の役割分担の重要性が論じられてきましたが,十分にはなされていません.日本専門医機構では,超高齢社会と地域医療格差の現状に鑑み,これまでの18領域に加え19番目として「総合診療専門医」を創設し育成しようとしています.しかし,その総合診療専門医が全国津々浦々で活躍するには,まだまだ時間がかかるように思います.
今回,大学病院や特定機能病院等の大病院で確定診断された患者さんについて,専門医とかかりつけ医の病診連携の重要性を取り上げ「専門医が伝える腎臓病診療基本レクチャー」を上梓いたしました.私が専門としている慢性腎臓病患者さんは,すでに1,300万人(成人の8人に1人)を超えたとされていますが,日本腎臓学会認定の腎臓専門医は4,500人程度にすぎません.腎臓専門医だけでこれらのすべての患者さんを診ることは不可能と思われます.そこで腎臓専門医から紹介されたのち,かかりつけ医ではどのように診ていけばいいのかについて解説いたしました.専門医で診ていった方が良いと思われる疾患は除きました.まず,慢性腎臓病と急性腎障害での腎臓専門医へ送るポイントを述べたのち,腎臓専門医を受診中の患者さんが受診した際のcommon diseaseに対する腎保護を考えた薬物療法,腎臓専門医として行ってほしくない治療,腎臓専門医からかかりつけ医への紹介頻度の多い6疾患について紹介症例をあげ解説しました.代表的処方とどのような病態に変化したら腎臓専門医へ逆紹介すべきかのポイントもあげました.腎臓病を専門としないかかりつけ医の先生の日常診療に役立つと思いますので是非ご活用下さい.しかし,執筆の過不足があろうかと思われますので,皆さまの忌憚のないご意見を願っています.
最後に,本書の上梓にあたりご協力いただいた中外医学社の皆さまに深謝いたします.
2017年 初春 都庁を眺めつつ
富野康日己