はじめに
プライマリ・ケアの小児医療を担っているのは,主に中小市民病院の小児科や開業医である.毎日多くの小児患者が受診し,さまざまな医療行為を受けている.しかし,それは子ども達の成長・発達を支え,家族の生活の質を向上させることに結びついているのだろうか?
筆者が病院を退職し,現在のクリニックでプライマリ・ケアの診療を始めたのは1998年であるが,当時は発熱の子が来院すれば抗菌薬を処方し,咳には咳止め,鼻が出れば抗ヒスタミン薬,少しでも喘鳴(ぜいぜい)があれば気管支拡張薬を処方するのが当然の治療であった.できるだけ多くの病気を発見すること,軽い風邪でも悪化を防ぐために“治療”してあげることこそ,プライマリ・ケアの小児科医の使命だと考えられていたのである.
その後プライマリ・ケアの医療は劇的に進化することになった.数分で血液データが出せるようになり,各種の迅速検査でウイルスや溶連菌など感染症の原因も分かる.より正確な診断や判断によるリスク管理が可能となっていった.これまで手探りで行っていたさまざまな治療はあまりにも過剰で,メリットがないばかりか,子ども達の成長・発達の妨げになったり,保護者に「治療しなければならない」と思わせることで,家族の負担を増していたのである.さらに,感染症,アレルギーに関するさまざまな新しい知見は従来の診療スタイルに見直しを迫っている.
しかし,医師の裁量権は大きく,プライマリ・ケアの教育システムもきわめて乏しい.“従来の医療”を続けていても,保護者にはデメリットはみえにくく,逆に心理的エラーから,治療に依存することになってしまう.不安な保護者はさまざまな薬を求めて,医療機関を繰り返し受診することになり,医師も経済合理性から,どうしても“治療”を優先するスタイルになりがちである.プライマリ・ケアに従事する医師こそ,時代の流れに沿って,診療スタイルを変えて行かなくてはいけないのだ.
小児外来疾患は“風邪を診れば良い”という簡単なものではない.次世代を担う子ども達の成長と発達を支えるという,あまりにも重大な使命を帯びている.従来の治療優先の考えを捨て,新しい視点で診療を始めようではないか.この本がそのきっかけになることを願っている.
2017年2月
にしむら小児科 西村龍夫