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書籍詳細

続・摂食障害という生き方

続・摂食障害という生き方

−医療刑務所から見えてくるもの−

瀧井正人 著

A5判 320頁

定価(本体3,900円 + 税)

ISBN978-4-498-12984-9

2016年12月発行

在庫あり

医療刑務所というきわめて特殊な環境における摂食障害患者の治療から得られた知見、考え方を精緻な筆致で解き明かした本書に描かれている内容は、摂食障害の本質そのものに一層せまるものであり、診療の真髄を伝える内容となっている。まったく新しい視点から摂食障害の全体像をとらえた。

表紙について パンを踏んだ娘(アンデルセン)より
 インゲルは貧しい家の子でしたが、うぬぼれて思いあがっていました。けれど、この娘はきれいでした。金持ちのところに奉公することになり、そこの人たちは、とてもかわいがってくれて、きれいな身なりをさせてくれました。そして、思いあがる気持ちも、ますます大きくなっていきました。

 ある日、奥さんから大きな白いパンを持たされ、両親に会ってくるように言われました。インゲルは自分を見せびらかすために、一番いい服を着て、新しい靴をはきました。けれど、前の日の雨でできたぬかるみの前で立ち止まります。そして、きれいな靴をよごすまいと、パンを水たまりの泥の中にほうりこみ、パンの上に飛び乗りました。しかし、その途端に、パンはインゲルもろともどんどん深く沈み込んでいき、二度と浮かび上がることはありませんでした。

 インゲルは沼おばさんのところに沈んでいったのです。そこは気を失うくらい臭く、気味悪いものがたくさんいる、ひどい場所でした。それからインゲルは地獄に連れて行かれました。そこにはやせ衰えた人間の群れが立って、恵みの門が開かれるのを待っていましたが、どの魂の中にもいつまでも続く不安があり、みんながひどい苦しみやつらさを感じていました。でも、インゲルが一番つらかったのは、おそろしくおなかがすいて、しかたがないことでした。体がひどくこわばって、足の下に踏んでいるパンを一切れちぎり取ることも、できませんでした。しまいには、自分のはらわたが自分自身を食べてしまったような気がしました。なんだか、体の中がからっぽになってしまいました。

 インゲルが思いあがりの心のために底なし沼に沈んだ話は、地上の人たちの間で広く知られ、歌にも歌われました。「思いあがった女の子、靴をよごすのいやがって、パンをば足で踏みつけた…♪♪」。
 小さい子供たちはインゲルのことを『神様を忘れたインゲル』と呼んで、こう言いました。「その子は、とてもいやな子だったのね!…そんなによくない子なら、苦しんでも当たり前だわ!」。インゲルにもそれは聞こえてきました。

 ところが、ある日、インゲルは、だれかが自分の物語を一人のむじゃきな小さい女の子に話しているのを聞きつけました。そして、その小さい子が、インゲルの話を聞いて、わっと泣き出したのが聞こえてきたのです。
 女の子「だけど、その子、もう二度と、上にあがってこないの?」
 だれか「その子は、もう二度と、あがってはこないのよ!」
 女の子「でも、その子が、いま、許してくださいって、あやまって、もう二度としませんって言ったら?」
 だれか「その子は、許してくださいなんて、あやまりはしないだろうよ!」
 女の子「その子が、あやまると、いいのにねえ!」「あたし、その子があがってきたら、あたしの人形箱をあげるわ! かわいそうなインゲルは、ほんとにおそろしい目にあってるんですもの!」
 すると、この言葉は、まっすぐ下にくだって、インゲルの心の奥まで届きました。そして、インゲルになにか、良いことをしてくれたようでした。

 いつか、地上の年月はたっていきましたが、下の世界では、何の変わりもありませんでした。長くてつらい時が、過ぎていきました。すると、ある時、インゲルは、また自分の名前が話されるのを聞きました。前にいつか、「かわいそうなインゲル」のことで、とても悲しがって泣いた、あの小さい女の子も年取って、おばあさんになり、いま、神様の元に召されようとしているのでした。
 おばあさんにはインゲルの姿が見えました。インゲルがどんなに深くへ引き込まれているのかが見えました。そして、その様子を目にすると、わっとばかりに泣き出しました。まるで子供のようになって、かわいそうなインゲルのために泣いたのです!

 苦しんでいたインゲルの魂は、思いがけずに天上からおりてきた、この愛情に、すっかりうちのめされました。どうして、こういう恵みが自分にあたえられたのでしょう? 苦しんできた魂は、自分が地上でやった行いを一つひとつと、みんな思い出し、集めるみたいにしているうち、思わずふるえだし、泣き出しましたが、そんなに泣くのは、これまでインゲルには、決してできなかったことでした。

 インゲルを許してほしいというおばあさんの祈りは聞き届けられ、インゲルは灰色の一羽の小鳥に生まれ変わりました。そして、インゲルはどんな小さなパン屑でも粗末にせず、他の鳥に分け与えました。そして、灰色の小鳥が他の鳥に分け与えたパン屑の量があの時に踏んだパンと同じ量になった時に、灰色の翼は白くなって大きく広がり、きらきら輝きながら、どこかに飛んでいきました。みんなの話すところだと、その鳥は、まっすぐお日さまの中に飛んでいったということです。
(大塚勇三,編・訳.アンデルセンの童話1親指姫.福音館文庫より)

 食べ物を無駄にした報いが食べ物にまつわるひどい苦しみにつながり、それは食べ物でもってのみあがなわれる。この物語は一つの流れとして、そのようにも読める。食べ物という生き物にとって最も大切なものを無駄にするということが、今日の世界では普通に行われているが、そのことについて誰もさほど罪悪感を抱かない。しかし、最も食べ物を無駄にし、粗末に扱ってきた摂食障害の患者が、この物語に出会って自分の生き方を反省した(4章「読書療法」62頁、5章「280日目」166頁、5章「754日目」234頁参照)。
 過食嘔吐は、考えられないくらいの大量の食べ物を摂取し、それを殆ど吐き出してしまう。それを作った人の労苦や、何よりも命をささげた生き物に対する、冒とくであるに違いない。しかも、「摂食障害+常習万引き」の患者たちは、食べ物を手に入れるための正当な努力をせず、日常的に盗み、しかも自分の欲望のためだけにそれを繰り返している。人間の生き方としてとても容認できないものである。この物語では、パンを一回水たまりの中に放り込んだだけで、主人公はこれだけの大きな報いを受けた。その頃は食べ物の価値が今よりもずっと大きかったということもあろうが。現在の摂食障害患者はその何百倍何千倍の食べ物を粗末にしているが、罪悪感よりも自分が少しでも太らないことの方がずっと重要なのである。物語の中でインゲルの悪徳として繰り返し非難される「思いあがり」もはなはだしいものである。
 しかし、原作では詳細に描かれている沼の底や地獄のつらさ苦しみは、摂食障害患者の置かれている救いのない苦しみとつながっている。お天道様の元で生きられない、決して逃れることのできない、永遠に続く、望みのない苦しみ。自分のしたことの報いだとは言え、この救いのなさは何としたことか。筆者はかつて、極めて重症の摂食障害患者の心の苦しみに触れ、その原因はつまらないことではあるかもしれないが、こんなに苦しんでいる人がいるのだと、感じ入ったことがある*。
 このような永遠とも言える苦しみから、患者を救い出してくれるものは何なのだろうか。摂食障害の束縛の大きさと、それから逃れようとしても逃れられない自分の力に絶望しつくしたその患者は、「神様にお救いくださいと祈っている」と、涙ながらに語っていた*。この物語においては、ある少女がインゲルのために涙を流し、やがておばあさんになって臨終の時にやはりかわいそうに思い涙を流し、神様に許しを願った。そのことがインゲルを救い、運命を変えたように書かれている。この女性の存在は一体何を意味しているのだろうか。多くの他の人たちが「思いあがった女の子」、「神様を忘れたインゲル」などと否定的にとらえるばかりだったのを、彼女だけはインゲルを当たり前の人間として肯定的に見ることができたからなのではないだろうかとも思う。それは決して、インゲルの思いあがりや過ちを知らないからではなく、そのような人間の醜さや弱さを知っていたとしても、更生できる人間の可能性を信じる強さなのではないだろうか。

*拙著、摂食障害という生き方、「出張病院で出会った重症AN患者さん」参照。

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序文
 筆者がはじめて摂食障害患者の治療に関わったのが医師になって2年目の1988年であるが、それから28年の時が過ぎた。その殆どの期間、研修医1年目の大学病院における内科研修と糖尿病専門施設で働いた2年間を除いて、九州大学病院心療内科などで摂食障害の診療に携わってきた。その詳細は、拙著「摂食障害という生き方 ─その病態と治療─」において述べているが、恵まれた環境においてやりがいのある仕事に打ち込ませていただき、幸せな四半世紀であった。
 九大心療内科を退職した2013年からの3年余りは、北九州医療刑務所において、常習窃盗(万引き)などで刑務所に収容された摂食障害患者の治療にあたっている。当所は、全国に4つある医療刑務所の一つで、精神科疾患を専門に扱っている。以前は男子のみを収容していたが、全国の女子矯正施設において大変な負担になっている摂食障害患者の受け皿となることを主な目的として、数年前に女子収容区(女区)が建設された。一般の矯正施設では対応しきれない摂食障害患者を引き受け、常時20人前後の摂食障害患者を収容している。女区では、その他にも統合失調症や覚せい剤後遺症など他の精神疾患の患者も10人弱収容されている。
 医療刑務所という環境で診療することについて、実際に勤務するまでは、特殊な環境で特殊な患者を診るというイメージもなかったわけではない。しかし、現在ではそのような感覚は全くない。むしろ、最も摂食障害らしい人たちを、これ以上ない恵まれた環境で思う存分診療し、摂食障害の真髄に触れる体験を毎日のようにさせてもらっている。また、矯正の世界全体において摂食障害治療に対する期待がとても大きく、医師として当たり前にやっていることを高く評価してもらっているが、こういうことは一般の摂食障害治療者にはあまり経験できないことなのではないだろうか。
 筆者は心療内科でずっと摂食障害の治療をしてきたが、心療内科の病棟は一般内科と同様の構造であり、閉鎖病棟や保護室といった物理的枠組みを持たない。患者・家族との契約や約束といった物理的ではない枠組みを用いていたが、心理面の不安定性や行動の制御困難性が非常に大きい患者の場合、治療には大きな困難が伴い、ぎりぎりのところで踏ん張ったり、それがかなわず治療を中断せざるをえないということも稀ではなかった。それも貴重な経験ではあったが、閉鎖病棟や保護室のある精神科であればもっと治療できたのにと残念に思うこともないではなかった。それが今では、これ以上ない絶対的な物理的枠組みがあり、患者を密に観察し対応してくれる信頼できる刑務官や看護師などのパートナーたちもいる。通常では改善させることは不可能なような患者にも有効な対応を行うことができ、患者の変化に驚かされ大きなやりがいを感じることも少なくない。
 心療内科にいた時に、松木邦裕氏に「摂食障害の治療をする上で、精神科と心療内科の違いは何ですか?」と尋ねたことがある。松木は若い頃九州大学心療内科に在籍していたのだが、その後精神科に移ったという経歴があるので、そのような質問をしたのである。その答えはこうであった。「泳ぐということには変わりはないが、プールで泳ぐのと海で泳ぐのとの違いがある」。勿論、心療内科はプールで、精神科が海だという意味である。精神科はそこにいるだけでそれだけ深い経験ができるのかと、ちょっと残念に思ったものである。そういう点、医療刑務所は、最も深い海のようなものであると言えないだろうか。患者たちは概してとても深い精神病理を持ち、治療動機も極めて乏しい状態で当所にやってくる。そのような患者なら普通の治療環境であれば問題を起こして治療を続けられなかったり、治療されることを嫌がってどこかに行ってしまったりすることが多いだろう。しかし、ここでは刑期の間は嫌でもとにかくそこにいてくれるのである。また、密な観察の元で、都合の悪いことでも隠し通すことはできないので、通常であれば明らかになりにくい患者の深い部分まで知ることができる。医療刑務所で治療するようになって、摂食障害という病気についてそれまでは十分明らかに見えていなかったことが明確に見えてくるなど、より深く知ることができるようになったと思う。
 以前、野崎剛弘氏に、「将来、先生(筆者)のために摂食障害センターを作ってあげる」と言われたことがある。野崎は医学部時代からの友人で、九州大学心療内科にも同期で入局し一緒に歩んできた仲間である。その話をあまり本気にしていたわけではないが、実は摂食障害の治療をする医師を当所が求めているという話を筆者に持ってきてくれたのも、野崎なのである。本当にこれ以上ない摂食障害センターをプレゼントしてくれたと、感謝している。
 本書における内容は、医療刑務所に来てからの経験や考えたことが中心となるが、通常の摂食障害には当てはまらない特殊なことではなく、むしろ摂食障害の本質そのものに一層せまるものとなるのではないかと考えている。また、通常の医療機関では、患者はたとえ家族などに連れられて嫌々であるのだとしても、自ら病院の門をくぐってやってくるものであり、そのような患者以外を診ることはあまりない。しかし、当所の患者の場合、治療を受けたこともない人やそれどころか摂食障害だと言われたこともないという人も珍しくない。社会における治療の網に引っ掛からなかった人も含めて、摂食障害の全体像を見るためにはとてもいい位置にあるのではないかと思われる。当所における筆者の経験や知見が、読者のお役に立てれば幸いである。

   2016年10月
瀧井正人

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目次

序章 大学病院心療内科から医療刑務所へ
 ・「摂食障害って治るんですか?」
 ・治療者として挑戦しがいのある摂食障害
 ・九州大学病院心療内科について
 ・『行動制限』を用いた摂食障害治療
 ・九大心療内科に戻って
 ワンポイントメモ1●回避を遮断されることにより、患者は自分自身の心理的問題に向き合い始める
 ・客観的な結果よりも治療者の主観的な信念がしばしば大事にされている、摂食障害治療の現状
 ・治療法の改善と治療成績の向上 ─『行動制限を用いた認知行動療法』の完成─
 ・『行動制限を用いた認知行動療法』という名前について
 ・治療環境の不都合な変化
 ・葛藤の日々
 ・筆者の摂食障害治療の目標は現実離れしたものだったのか?
 ・なぜ大学をやめて医療刑務所に?
 ・医療刑務所の見学 ─医療刑務所で摂食障害の治療をする上での大きなアドバンテージ─
 ・医療刑務所へ
 ワンポイントメモ2●『治療技法』と『人間としての治療者』

2章 摂食障害についての筆者の基本的な考え方
 ・摂食障害とは
 ・なぜ摂食障害になるのだろうか
 ・摂食障害の成因としての『回避』
 ・摂食障害の病型
 ・「神経性やせ症」と「神経性過食症」の関係と相違点 ─例えば、入院への態度の違い─
 ・時代による摂食障害の移り変わり
 ・摂食障害の多面性と多様化─共通理解の難しさ─
 ・摂食障害の交通整理的な3つの類型
 ・『行動制限を用いた認知行動療法』の概要
 ・回避の遮断により、元来の心理的問題を扱うことが可能になる
 ワンポイントメモ3●オペラントとは?

3章 北九州医療刑務所における摂食障害患者のプロフィール
 ・北九州医療刑務所の摂食障害(神経性やせ症)患者のプロフィール
 ・典型的な経過の2パターン
 ・医療刑務所の神経性やせ症患者の病態─3つの類型からの考察─
 ・なぜ摂食障害患者が常習窃盗をするに至るか(仮説)
 ・摂食障害的アイデンティティが患者の内面を変容させる
 ・万引きの開始についての診察でのやり取り

4章 北九州医療刑務所における治療と治療成績
 ・当所における摂食障害治療プログラムの形成過程
 ・当所の摂食障害治療プログラム
   I.オペラント行動療法(栄養摂取プログラムを含む)
   II.心を育てる治療
   III.チーム医療
 ・治療結果・予後

5章 常習万引きにより累犯4回の摂食障害患者
 ・病歴
 ・3回目の服役における、当所収容中の経過(当所1回目)
 ・4回目の服役における、当所収容中の経過(当所2回目)
   第I期:治療を受け入れるまで
   第II期:内省期
 ワンポイントメモ4●摂食障害を『アイデンティティ』、『プライド』という側面から見る
 ワンポイントメモ5●部分対象関係と全体対象関係
 ワンポイントメモ6●オペラント的枠組みと「快感原則」「現実原則」
          ─行動療法は人間の深い心理や生き方をターゲットとした、高度な治療となりうる─
   第III期:刑務所内で生じた人間関係の問題を、治療的に扱う
   第IV期:母親との関係を見つめ直す
 ワンポイントメモ7●目に見えるものしか実感できない人における、行動制限を用いた治療─その効用と妥当性─
 ワンポイントメモ8●行動制限を用いた治療の落とし穴を乗り越えるために─体重増加以外の変化を評価する─
   第V期:これからどのように生きていくか
 ・追加

6章 医療刑務所で見えてきたもの
 ・当所における「常習窃盗+摂食障害」の患者の殆どが、『中核的摂食障害』である
 ・顕著な母娘関係の問題を持つ患者たち
 ・他のタイプの摂食障害患者たち
 ・重症摂食障害患者の心の問題をどのように扱うか
 ・摂食障害というアイデンティティ
 ・重症摂食障害患者へのしばしば見られる不適切な治療(対応)について

7章 万引きを繰り返す摂食障害患者に関する、「収容か治療か問題」
 ・「病気なのだから、刑務所に収容せずに、刑務所の外で専門的治療をするべきである」という主張について
 ・刑務所で摂食障害の治療をすることには、むしろ有利な面が小さくない
 ・「摂食障害+常習万引き」の病態は、「クレプトマニア」の診断基準に当てはまらない
 ・何度捕まっても、まさか自分が実刑になるとは思っていない人たち
 ・それでもなぜ「クレプトマニア」という診断を付けるのか?
 ・常習万引きの起こるメカニズム ─衝動性障害として始まるのではなく、摂食障害の悪化による─
 ・摂食障害の中途半端な治療が、常習万引きを導く
 ・摂食障害患者が常習万引きに至る経過
 ・大学病院で治療した、「摂食障害+常習万引き」の患者─刑務所の外で治療することの困難さ─
 ・医療刑務所で「摂食障害+常習万引き」患者の治療をするアドバンテージと、当所における治療・治療成績
 ・「摂食障害+常習万引き」をクレプトマニアだとしている「窃盗癖─嗜癖治療モデル」の治療は、
   アルコホーリクス・アノニマス(AA)のミーティングの引き写しである
 ・AAのミーティングをモデルにした方法では、「摂食障害+常習万引き」の患者を有効に治療することはできない
   ─「生きる実力」と「治療動機」における決定的な違い─
 ・「収容か治療か問題」についての摂食障害の専門家達の意識調査の結果
 ・収容されなかった場合の結果は?─その厳しい現実─
 ・「クレプトマニア」として治療している某病院を経由してやってきた患者たち
 ・「問題なのは窃盗だけであり、摂食障害を治す必要はない」と主張していた患者が、
   「自分はクレプトマニアなどではなく摂食障害であり、それを治さなければならない」と認めるようになった
 ・「摂食障害+常習万引き」の患者の徹底的な責任逃れをやめさせることの意味
 ・まとめ

あとがき

索引

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瀧井正人  著

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