まえがき


「どうしてもっと早く呼ばないのだ！」
「これは緊急ではない！」

　これは，私が研修医の時によく言われた言葉です．当時は理由がわからず，ただうな垂れるだけでした．…そして10年後，救急医として経験を積み，専門医が早く呼んでほしい症例と待ってほしい症例が次第にわかるようになりました．一方で，多くの専門医はいつ急ぐのか，急がないのかを“非”専門医へ伝えるのが苦手なことにも気がつきました．かつては研修医だった専門医も，特定領域にどっぷり浸かってしまうと，“非”専門医が何を知らないかを見失ってしまうのかも知れません．ホームランバッターが必ずしも名監督になれないように，自分ができることを相手にさせるのは難しいのです．

?胸痛患者さんで典型的なST上昇があれば循環器コールしよう
?若くてリスクもない胸痛患者さんで心電図が正常なら経過観察しよう
　→これは，“非”循環器医・循環器医で立場によらず共通認識でしょう．

?胸痛で心電図をとったが，ST変化があるか迷って…
?STが一見上がって見えるが，リスクもない患者さんがいる…
　→多くの“非”循環器医が知りたいのは，そんな『ビミョー』な心電図の判断と対応です．

　型にハメた心電図の読み方だけでなく，どうしたらよいか迷う心電図の勘所やその後の対応が書いてある指南書が臨床現場には必要だと考えました．そのために“非”循環器医目線で『ビミョー』な心電図ばかりを集めました．これらは自分や後輩・同僚の失敗症例簿です．勇気をもって開示しますので，私たち“非”循環器医が悩んだ心電図症例を疑似体験し，自分ならどうするかをぜひ考えてみてください．本の中でなら間違ったり失敗したりしてもOKです．どこでミスをするのかを体感し，次へ活かしてください．
　本書は心電図の読み方をstep beyondするためのサバイバルガイド．心電図のABC…といった読影手順は出てきませんし，神秘的な電気生理学の解説もありません．でも，読み終えた時には，似たような心電図を前にした時に，たとえ困ってもベストな対応が身につくことをお約束します．

2016年8月
増井伸高

本書のトリセツ


　注意！　本書のスタイルは他の心電図本とは大きく異なります．まずこのトリセツを読むことをお勧めします．

その1　心電図の判断はベッドサイドを意識してください
　心電図が冒頭と文中に出てきます．好きな読み方でよいので10秒で虚血の有無を判断してください．本書は心電図をどこから読むか，ABC…と学習するハウツー本ではありません．読み方はみなさんにお任せしますので，ご自由にいつものやり方でどうぞ．ただし，非現実的な方法は避けてください．実際のベッドサイドでできないような，何かを見ながら，あるいは長時間かかる判断法は本番では役立たないのでお勧めしません．
　そして解答・解説を読み進める前に，次にどうするかも必ず考えてください．すぐに循環器医を呼ぶのか，待つのか，待つなら何をして待つのか，ないしは何もせず帰宅なのか，自分なりの作戦を立ててください．

その2　心電図症例の遭遇率
　★（希少）?★★★（頻出）で頻度を記します
　　★　　　レアモノ心電図．見つければ命の恩人と呼ばれます．　
　　★★　　年に何度か会う心電図．研修医がよく見落とすので注意が必要．
　　★★★　多いと月一で登場．知っていると困ることが極端に減ります．
　前から順に読み進めた方が理解しやすいよう構成してあります．時間がない時は★★★から読むと効率よく学習できますが，往々にして困るのは希少症例なので，★★や★もぜひ考えてみてください．

その3　解説は答え合わせでなく，プラクティス重視
　心電図に続いて，症例の経過と，考えうるベストプラクティスを記載します．続く心電図の解説は，みなさんの読影手順のABCを変える意図はなく，既存の知識に上乗せできるような心電図ポイントを紹介してあります．

最後に…
　冒頭の“格言”は著者の遊び心です．心電図が胃に重たく感じたときの箸休めとして，美味しそうなら召し上がってください．
　


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あとがき

　林語録で“ふざけた，いい感じ”の本書を最後まで通読していただけたのは，いい感じだっただけでなく本書の内容が読者のニーズにマッチしていたのだと妄想しております．いや本当に，そうであればとてもHAPPY！　自分も読者も患者さんも．
　本書を片手に後輩指導→Goodです．迷った心電図の答えは『心電図ハンター』にありと，教えてあげてください．
　ナースがとった心電図を本書の知識でSTEMIハンティングできたら→心電図をとったナースをまずほめてください．それから心電図を判断できたのは『心電図ハンター』のおかげ，ここに書いてあって…と，教えてあげてください．
　みなさんがこれから経験する症例で，本書の内容とコンサルト循環器医とで意見が分かれていたら→循環器医の答えが結構正しいです．症例1つ1つのバリエーションは本書ではカバーしきれません．ベッドサイド派の経験ある循環器医の意見をまず聞いてみてください．本書に書いている癒しの呪文を，専門医を倒す魔法の呪文と勘違いしてはいけません．
　本書を後輩指導のためにと手に取ってくださった循環器医の先生がいましたら→一部の内容と普段の臨床とで乖離がありましたら，そこが非循環器医と循環器医の温度差が出るところなのだと温かい目で見守ってください．
　最後に…．
　研修医から「胸痛じゃなくて，失神や動悸の時も心電図とるじゃないスカ？　その時はどう“ハンティング”すればいいンスカ？」と突っ込まれております．（私，研修医からため口をきかれるぐらい彼らと打ち解けています．）
　“ふざけた，いい感じ”の第2巻『心電図ハンター　失神・動悸/不整脈編』を妄想しております．読者のニーズにマッチした，自分も読者も患者さんもHAPPYにできる続編を準備してお届け致します．

2016年8月
増井伸高

もくじ

Part I　　胸痛が主訴で虚血かどうか迷う心電図（STEMIハンター編）
　　Chapter 1　　白黒つかない心電図
　　　　心電図のグレーゾーンはどこにあるか
　　　　　　　　コラム1●非循環器医の心電図の診断率
　　Chapter 2　　歴史から学ぶ心電図
　　　　心電図で医師が泥臭くしないといけないこと
　　　　　　　　コラム2●心電図の集め方
　　Chapter 3　　ガツンとこない心電図
　　　　どこからST上昇なのか
　　　　　　　　コラム3●1 mmの勝負
　　Chapter 4　　感じる心電図
　　　　2次元の心電図を紙コップで3次元化する
　　　　　　　　コラム4●1000枚の心電図と1万時間の法則
　　Chapter 5　　未来の心電図
　　　　タイムマシンに乗って未来の心電図を集める
　　Chapter 6　　フォースを使う心電図
　　　　コップをのぞくと見えてくるもの
　　Chapter 7　　○○症候群の心電図
　　　　心電図に流行やスタイルは役に立つのか
　　　　　　　　コラム5●ガイジン名禁止！
　　Chapter 8　　やりがいのある心電図
　　　　診断率38％の異常を見つける方法，教えます
　　Chapter 9　　遅れてきた心電図
　　　　心筋梗塞を見てもトップスピードで走らない

Part II　　胸痛が主訴で虚血かどうか迷う心電図（STEmimicハンター編）
　　Chapter 10　　思い出せない心電図
　　　　エイプリル・フールに騙されない方法
　　Chapter 11　　数多の心電図
　　　　今まで異常なしと判断してきた心電図の枚数を覚えているか
　　Chapter 12　　はっきり言えない心電図
　　　　ブロックのup & down，上がってんの？　下がってんの？
　　Chapter 13　　練習する価値のある心電図
　　　　SgarbossaとSmithを普段から使えるようにする
　　　　　　　　コラム6●あたらしモノには御用心
　　Chapter 14　　判断できる心電図
　　　　知識とやる気だけでは不十分〜使って・実行してなんぼ
　　　　　　　　コラム7●ウサギがいない時
　　Chapter 15　　何もしない心電図
　　　　コンサルト〜ある時は御法度，ある時は必須
　　Chapter 16　　とる前に読む心電図
　　　　効率よく読むためのスイッチの入れ方
　　Chapter 17　　決定権のない心電図
　　　　心電図でコントロールできること，できないこと

Part III　　STEmimicではない胸痛心電図判断の話
　　Chapter 18　　売れてる心電図
　　　　診断学から心電図の使い方を考えてみる
　　Chapter 19　　予想しない心電図
　　　　心電図異常になぜ気付けないか，どう対応すればよいのか
　　　　　　　　コラム8●チーム医療
　　Chapter 20　　ブラックボックスの中の心電図
　　　　最終判断できない心電図を前に，非循環器医ができること



巻末チャート

診断名と格言の一覧

あとがき

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