はじめに
前著『誰も教えてくれなかった癌臨床試験の正しい解釈』出版から、はや5年が経過した。中外医学社からは改訂するように何度か依頼を受けたが、なにせ私はこの分野では素人であるので、なかなかおいそれと書き直すこともできない。
実はこの間、いくつか生物統計に関する話題でのレビュー執筆を、他の出版社からも依頼されたので、それを書き溜めて改訂の元原稿にしようとしたこともある。しかし、なぜか私が原稿を書くと、出版社側が一転して出すのを渋るのである。「いろんなところに影響が出る」とか言われたが、なんのことか分からない。要するにスポンサーの機嫌を損ねるということらしい。いくつもの原稿がボツになった。
そうこうしているうちにも、私もこの業界に身を置くものなので、いろいろ生物統計に関する疑問は湧いてきて、「悩む」ことになる。そのうちには、「どうしてこういうことはやってはいけないのか?」とか、「これって、やっちゃダメなんじゃない?」とかいうような、「倫理」に関するものも多い。自分で勉強するのは面倒なので、そういうのは詳しい人に聞こうと思い立った。我ながらよい思いつきである。
というわけで、旧知の吉村健一先生と佐藤恵子先生を引っ張り出し、素人の素朴な質問に答えてもらう、というのがこの本の趣旨である。それだけではあまりに虫がよすぎるので、実際の「悩む」シチュエーションをvignetteに提示し、それをもとに討論する、という形をとった。あまりこういうのをお読みになったことはないと思うが、もちろんこれは私のオリジナルではなく、マーティン・コーエンという人の『倫理問題101問』(ちくま学芸文庫)を真似たものである。
さて縁あって本書を手に取られたあなたにお読みいただくにあたって、野暮ったいがいくつかご注意申し上げる。
第一に、各vignetteの内容は、あくまでもフィクションであって、「もしかしたらオレのことか?」と思われる方がおられたら、気のせいである。その後のdiscussionで私が「これは自分が経験したことで」とかなんとか言っている場合もあるが、無視していただきたい。
第二に、私が吉村先生と佐藤先生にする質問は、私自身の見解を反映している場合もあるが、明確な答えを引き出すためのいわば「ヤラセ」であることも多い。いくつかは、わざと挑発的かつ偽悪的にしているので、良い子は真似しないように。
第三に、これも『倫理問題101問』の方針を踏襲しているが、discussionは「解答」を与えるものではない。三人の意見が最後まで対立する場合もあるし、三人とも答が見つからず途方に暮れる、ということもある。世の中のことは大抵そうなのだから仕方がない。
第四に、前著もそうであったが、これはなおさら、体系的網羅的な教科書ではない。本来的にはゴロ寝しながら読むものであって、「調べもの」に使うような用途には適さない。よって前著にはあった索引も作っていない。
まあ、気楽に読んでちょうだい、である。Vignetteの登場人物の名前はどこかで聞いたようなものもあるかと思うが、最近私は幽明虚実の境が不明瞭で、自分でも区別がつかなくなってきた。それでは困るので、今回はvignetteの中での「里見清一」とは別人として、著者を代表してご挨拶申し上げる。
平成28年6月
日本赤十字社医療センター化学療法科
國頭英夫