はじめに
てんかんの本はたくさんあります。最近はわかりやすい解説書もあり、にぎやかになりましたね。この本は、これまでの類書とは、ずいぶん変わった作りになっています。てんかん症候群に関する教科書的な解説はあえて避け、てんかん診療の「ちょっとした考え方」をぎゅっと詰め込みました。てんかんをどのように扱っていけばよいのか。診断・治療・日常管理にかかわるチップスを盛り込み、教科書にはないニッチな領域を狙っています。実用書でもあり、医学エッセーでもあり。でも、学術書ではないことを、あらかじめお断りしておきます。この本は私の臨床経験をまとめたもので、エビデンスに基づく解説書ではありません。ひとりの臨床家のオピニオンとして、てんかんの「考え方」をお伝えするつもりです。
以前、朝日新聞デジタルの医療ウェブサイト「アピタル」に「てんかん情報室」というコラムを連載しました(2012年12月〜2014年12月、全76編)。「アピタル」はインターネットではよく読まれる医療サイトで、読者層として一般の方を想定しておりました。ところが、結構、ドクターからの反響もあり、学会などで各地を訪れますと、「読んでますよ」と声をかけていただきました。ありがとうございます。この本は、その内容をふまえ、これからてんかん臨床を学ぶ若手の医師を想定して書き起こしたものです。「てんかん情報室」は語り口調の文体が好評でした。これに気をよくして、この本も口語調で綴ってみました。
「てんかんはわかりにくい」、「とっつきにくい」。
確かにその通り。わかりにくくて、とっつきにくい。これが研修医の率直な印象でしょう。簡単な目標ではありませんが、だからこそ、やりがいがあるのです。私はてんかん診療を自分のライフワークに選んで、本当に良かったと感じています。これからてんかん臨床の世界へ飛び込む若手のドクターを応援したい気持ちでいっぱいです。本書が、「よし、てんかんをやってみよう」と意欲を高めてくれるきっかけとなればと願っています。
2016年5月
榎 日出夫