はじめに
本書は研修医,若手精神科医師,一般医師,それに看護師,薬剤師などを対象としています.著者はみな徳島大学精神科のスタッフです.ほぼ同じメンバーで「よくわかる精神科治療薬の考え方,使い方」を執筆し,2008年に第1版を出し,2度改訂して2015年に第3版を出しています.こちらも入門書ですが,類書と比べて特徴となっているのは,治療導入にあたって患者と家族に対して医療者が行う,疾患の性質や治療方針に関する説明を,具体例を挙げながら詳しく解説していることです.症状を傾聴し,問題点を整理し,疾患の性質と治療方針について丁寧に説明することは不安を抱えて受診した患者と家族に深い安堵を与えます.傾聴し,説明し,質問を受け,また説明する.その過程を通して,治療の合意が形成されます.精神科の治療期間は月単位となることが多いので,しっかりした合意なしには長丁場の治療が成立しません.患者の具合がとても悪いときには家族の合意を取り付けて治療を開始し,患者の合意は後回しになることもありますが,丁寧な説明が基本となることには変わりありません.
本書は診療現場でさっと参照するナビとするために,患者と家族への説明に関する記述は省略せざるを得ませんでした.その代り,外来でよくみられる疾患について,処方のポイントやエビデンスやピットフォールを1ページという紙幅の中に平易かつコンパクトにまとめています.文章というよりはメモに近く,読んで理解するというよりもぱっと視覚的に理解できるような構成となっています.本書は書籍版に引き続き電子アプリもリリースされます.現場では文章を熟読する時間はありませんから,薬物選択の指針がほしいときに,さっと本書を開く,あるいは電子アプリを開く,という使われ方を想定しています.時間のあるときには「よくわかる精神科治療薬の考え方,使い方」も合わせて読んでいただければ幸甚ですし,興味が深まればぜひもっと詳しい専門書へと進んでください.
2016年5月
大森哲郎