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書籍詳細

妄想の医学と法学

妄想の医学と法学

村松太郎 著

A5判 436頁

定価(本体5,200円 + 税)

ISBN978-4-498-12980-1

2016年05月発行

在庫あり

法で裁かれる犯罪には「判例」というテキストが存在し、被告人が犯行に至るまでの経緯が克明かつ客観的に記録されている。精神医学における最重要な症状の一つである「妄想」に焦点を当てる本書は、「法」の立場からまとめられた判例を症例報告として使用し、「法」「医」それぞれの見地を横断しながら「妄想」についての論考を重ね、新たな視点を切り開く渾身のテキストである。

序文


 妄想を語るためには、事実を語らなければならない。
 そのためには、刑事裁判の判例はまたとない材料である。判例には事実がありのままに記載されている。事実の究明において最高度の機能を有する裁判所によって明らかにされた事実である。どこまでも厳密で客観的な事実である。そんな判例を症例報告と捉えて、精神医学における最重要な症状の一つである妄想について正面から論じたのが本書である。19のケースを厳選した。一部は著者自身が精神鑑定などで実際にかかわった事例である。
 1章は妄想の医学と題し、妄想を呈する代表的な疾患の解説を行った。
妄想は精神医学においてのみならず、法的な場面においても非常に重要な症状だが、従来の出版物は、ごく一部の専門家向けの非常に難解な精神病理学の書か、逆に単純化した皮相的な記載かの両極にとどまっているのが現状である。本書1章で行っているのは、妄想を呈する疾患についての、いわば「適度な専門書」としての解説である。事実が冷徹に記載された判例という材料を用いることで、それが可能になった。
 2章、妄想の法学の法学という語は、主として責任能力についての法的判断にかかわる事項を指している。2章は1章とあわせて、3章を読み進めるための基礎知識の提示である。裁判実務の進行を妄想というテーマに照らしてたどることにより、難解とされる責任能力概念をわかりやすく具体的に示したのが2章である。
 そして質・量ともに本書の中心部分を構成するのが3章 妄想の医学と法学である。
 周知の通り、精神医学の診断体系は確固たるものではない。現代の潮流は単純化、客観化で、それは操作的診断基準という体系に結晶化している。公平性が求められる裁判において、操作的診断基準の持つ妥当性validityは大きな長所ではあるが、それは診断の出発点にすぎない。妄想についての真の論考はその先にある。
 法にも同様の事情がある。心神喪失や心神耗弱について、それらの定義を述べることはできてもそれは責任能力判断の出発点にすぎず、現実の被告人についての真の論考はその先にある。
 医と法はそして、刑事裁判の法廷で出会う。裁判官、検察官、弁護人、精神鑑定医らによる綿密な、時には激烈な相克を経て作られた最終産物として、判決文が生まれる。
 判決文は常に事実認定から始まっている。裁判所の事実認定は当然ながら精緻である。妄想の診断とは本来はこのような事実認定を前提として行うべきものであり、その意味で精神医学は裁判所の手法を見習わなければならない。この精密な事実認定に基づき、裁判所は妄想について論考する。ここには医と法の融合が必須である。しかし医と法の対話は容易ではない。時にはすれ違いがある。時には衝突がある。時には精神医学から見て不条理な認定が裁判においてなされることもある。背景には精神医学についての裁判所の知識の欠如があると思われる。だが裁判所の判断は定義上正義である。裁判所に対して精神医学からもし異論があるのであれば、事実に立脚し、合理的に主張しなければならない。精神医学の方が誤っているという可能性も謙虚に熟考すべきであろう。判例に記されている、法的な立場からの妄想についての論考は、精神医学界の記載のみに馴染んでいる精神医学者にとっては非常に斬新であり、妄想についての、ひいては精神症状一般についての新たな視点を提供してくれる。
 責任能力が争われる刑事事件の多くは、殺人や放火といった重大犯罪である。目を覆いたくなる惨状が現出していることもしばしばある。被害者の不幸と悲しみははかり知れない。だがその犯行が妄想という精神症状に基づくものであれば、加害者もまた限りなく不幸である。両者にとって、また人間社会にとって、最大とも言える不幸である重大犯罪の原因に病が深くかかわっているのであれば、医学を修めた者にはそれを直視する義務があろう。
 医も法も発展途上の学である。だが裁判は学の成熟を待つことはせず、その場で必ず答を出す。妄想についての判断に応じて、判決は無罪から死刑まで最大限の振れ幅を持っている。医と法が未成熟で、かつ、互いに文化・風土が異なる以上、そこに立ち現れるのは一種のカオスであり、その中で人の運命が決められてゆく。
 本書は、カオスの流れの中に、ささやかながら確固たる道標を築かんとしたものである。


2016年4月 著者

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村松太郎

精神科医。
医学博士。
米国National Institutes of Health (Laboratory of Molecular and Cellular Neurobiology)などを経て、現在、慶應義塾大学医学部精神・神経科准教授。
専門は司法精神医学、神経心理学。

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CONTENTS

第1章 妄想の医学
Case1 ハードクレーマー 統合失調症
Case2 逃避行の終末 覚醒剤精神病
Case3 尾行の影 妄想性障害
Case4 拡大自殺 うつ病
▲▲▲精神医学からみた「妄想」
第2章 妄想の法学
Case5 階上に住む迫害者 心神喪失
Case6 青物横丁医師射殺事件 心神耗弱
Case7 一家皆殺しの企て 完全責任能力
▲▲▲司法からみた「妄想」

第3章 妄想の医学と法学
Case8 高校恩師殺害事件 妄想性障害/心神耗弱
Case9 宮古島の砂 妄想性障害/心神耗弱
Case10 わが子の病に絶望した母 [千葉]妄想性障害/心神喪失
Case11 わが子の病に絶望した母 [さいたま]うつ病/心神耗弱
Case12 ケモノか人か 中毒性精神病/心神喪失
Case13 嫉妬の果てに 精神障害なし/完全責任能力
Case14 邪気 非器質性精神病性障害/完全責任能力
Case15 幻聴はあったか 統合失調症/心神喪失
Case16 中大教授刺殺事件 
妄想性パーソナリティ障害・妄想性障害/心神耗弱
Case17 2家族7人殺人事件 精神障害なし/完全責任能力
Case18 金閣放火事件 精神病質/完全責任能力
Case19 教頭ワグナー パラノイア/心神喪失
▲▲▲妄想とは何か

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