序
今日の医療において整形外科は,きわめて広い守備範囲を有し,しかも多様なポジションをこなすオールラウンドプレイヤーであると言えます.すなわち,整形外科が診療対象とする身体部位は,上肢(肩,肘,手),下肢(股,膝,足),脊柱(頚椎,胸椎,腰椎),体幹(胸郭,骨盤)などほぼ全身にわたります.また整形外科は,変性疾患,外傷(救急医療),スポーツ障害,骨軟部腫瘍,リウマチ,感染症,代謝性骨疾患,神経麻痺・疼痛,小児整形外科,リハビリテーション,マイクロサージャリー,再生医療など多様な疾患,医療分野を包括しています.
一方,現代社会において整形外科の果たす役割,必要度はますます大きくなっています.近年の急速な社会の高齢化にともない,運動器(骨,関節,脊柱,筋肉,脊髄,末梢神経など身体を動かすための器官・組織)の退行変性疾患が増加しています.運動器の老化や脆弱化に起因する「ロコモティブシンドローム」は要介護の原因となり,その予防は健康寿命の延伸の観点から社会的な重要課題となっています.
運動器の健康は,現代人がスポーツや芸術活動などを通して,より豊かな質の高い生活を送るためにも重要です.成長期から中高年までスポーツ活動が旺盛な今日,傷害予防や競技力向上のうえで整形外科のニーズは高まりつつあります.このように,整形外科は現代に生きる人々の期待を集める,主軸打者であるとも言えるのです.
本書は,整形外科医を志す初期研修医,そして整形外科専門医を目指す後期研修医(専攻医)の皆さんが,運動器疾患の病態の要点を把握し,治療の方針と実際を的確に理解できるようサポートすることを目的としています.解説文は簡潔な記載とし,写真やイラストを多用して,より迅速かつ容易に理解が進むよう工夫しています.執筆は,日頃より研修医の指導にあたっている札幌医科大学整形外科学教室の各分野のエキスパートが分担して行いました.臨床においては,単に個々の症例を治療するだけでなく,その記録をしっかり残すこと,そしてそれらを分析して学会発表さらには論文として報告することが大切です.それは,皆さんの臨床家としての成長やキャリア・アップにも繋がるのです.本書では,診療録・資料の記録・保存や,臨床研究の進め方,論文執筆の方法についても巻末に解説しています.
整形外科の「有望ルーキー」とも言うべき研修医の皆さんが,本書を臨床の現場で,自主学習の場で大いに活用し,整形外科の面白さややり甲斐を実感することにより,近い将来,整形外科の「トップ・プレイヤー」になってくれることを願っています.
最後に,若い医師のために論文の書き方をご執筆頂いた石井清一名誉教授,そして本書の編集・作成にご尽力頂いた中外医学社の皆様に感謝申し上げます.
2016年4月
山下敏彦