まえがき
本書は,タイトルにも掲げたように,内科系診療科の医師,研修医,看護師,およびコメディカルを対象に企画された輸血ガイドブックです.通例,手術療法を行うか否かによって,診療科を外科系と内科系に大別することがあります.手術において,多少なりとも出血は避けられないので,術式によりますが手術用準備血を用意して手術に臨みます.一方,内科系診療科においても観血的処置を行いますので,輸血療法の出番は回ってきますし,血液内科のように日常的に輸血療法を行っている診療科もあります.両者の根本的な違いは,内科系診療科では「輸血を行わない」オプションが存在することだと思います.手術療法において,エキスパートが出血量が少ない手術を行って「輸血療法を回避する」ということではなく,積極的に,他のアプローチを行って患者の状態を改善するというものです.本書は,「輸血療法を行わない」オプションを念頭におきつつも,輸血療法を選択せざるを得ない内科系診療科の医療スタッフのために書かれた輸血ガイドブックなのです.
従来,輸血療法に関する著書は数多くありますが,内科系診療科の医療スタッフを念頭において書かれた著書はなかったように思います.本書を執筆するきっかけは,医療系の職種を目指す学生さんを対象に企画された「輸血学テキスト」を中外医学社から出版させていただいたことです.外科系医師および麻酔科医にとって,輸血療法は,日常的に携わる手術において馴染みのある医療分野ですが,内科系医師にとってはどうでしょうか.私は,現在,大学医学部において医学生に輸血学を講義する教員ですが,元々は血液内科医であり,造血器疾患を診療する臨床医でした.当時を思い出してみると,輸血用血液製剤のヘビーユーザーの一人でしたが,果たして,どこまで輸血学に精通して輸血療法を行っていたのか,甚だ疑問です.遅まきながら,その反省も込めて,私が室長をしている順天堂医院輸血・セルプロセシング室のスタッフに対して,「内科系診療科の先生方は輸血療法に習熟されているか」について聞いてみました.答えにくい質問と思いましたが,「皆が皆わかっているわけではない」ということでした.そこで,当時の私自身の感覚を思い出しながら,本書を執筆してみようと思い立った次第です.
本書は,第I部輸血療法総論と第II部疾患領域別輸血療法の2部構成です.第I部は,輸血療法の基礎知識,輸血療法の実際,輸血関連検査,輸血療法に伴う副作用・合併症,輸血に関する法規に分けており,輸血療法全般の知識がここで得られるようにしました.外科系医師および麻酔科医が本書をひもとく場合でも,参考になれば幸いです.第II部の疾患領域は,診療科名でいえば,血液内科,消化器内科,腎臓内科ですが,輸血療法が行われる可能性がある診療科を取り上げました.輸血療法に主眼をおいていますので,個々の疾患に関する記述は必要最小限にとどめており,必要な場合には専門書を参照していただければと思います.また,本文中に薬価についての記載がありますが,平成28年4月の診療報酬改定に従っています.
輸血療法はリスクを伴う治療法ですが,患者さんに安全な輸血療法を提供することは,医療関係者の責務です.輸血療法の安全性は,輸血用血液製剤の安全性(blood safety)だけではなく,輸血療法を行う過程における安全性(transfusion safety)も確保する必要があります.blood safetyは,日本赤十字社血液センターが主たる役割を担っていますが,transfusion safetyを確保する役割は,輸血療法を行う医療機関,すなわち,われわれ医療関係者に委ねられているのです.したがって,輸血療法を安全に行うためには,医師だけではなく,看護師やコメディカルを含めすべての医療関係者が,輸血療法に精通している必要があります.輸血療法は補助療法の一つです.輸血療法を行うメリットとデメリットを秤にかけて実施すること,原病に対する治療を優先し可能な限り輸血療法を行わない選択肢をもつこと,輸血療法のみを行うことは例外的であることを銘記していただきたいと思います.
本書の発刊にあたり,順天堂医院輸血・セルプロセシング室の大澤俊也主任と薬剤部の村山哲史主任,および企画の段階から完成に至るまでご尽力いただいた中外医学社企画部の小川孝志氏に深謝いたします.また,挫折しそうになったときに励ましてくれた家族と辛抱強く原稿を待っていただいた小川氏なしに,本書は完成しませんでした.改めて感謝の意を表したいと思います.
2016年桜満開の春
大坂顯通