序
心房細動は不整脈ではないとつくづく感じる.単なる不整脈であれば電気現象としての心房細動を抑え込めばそれで解決である.そう単純ではないということである.心房細動の成因は複雑で“症候群”的なところもありそうだが,基本的には加齢・動脈硬化的な変化を基礎に生じるものだ.その加齢・動脈硬化的な変化は心房細動発症前から進行しているし,発症後も進行は止まらない.我々はそれを止める方法をいまだ持ち合わせていない.しばしば心房細動は進行性の不整脈であると表現されるが,この根本となる変化と細動によって修飾される変化(この部分だけがAF begets AF)が一体となって進行するというのが本質ではないだろうか? 心房細動という不整脈が進行性というのは表層的な見方だと筆者は考えている.
“根治”という言葉は誰にとっても心地良い言葉である.心房細動が根治する,と聞けば患者は治療を希望するし,うっとうしい抗凝固療法も止めることができるのではないか,と期待するのが人情であろう.しかしそうはいかない.少なくとも本来抗凝固療法が必要な患者でカテーテルアブレーションを行うことで抗凝固療法を中止できるという根拠はない.多くの臨床現場で使用されている診断法の範囲ではどのような結果であっても抗凝固療法を中止する根拠にはならないことを詳細に解説した.中止できるだろうとお考えの諸兄にはぜひ本書を読んでいただきたい.
新規抗凝固薬が登場して,抗凝固療法は大いに変わった.しかし全てが良い方向に進歩・発展したわけではない.つまりたくさんあったワルファリンの問題点の一部は一定の解決がなされたが,新規抗凝固薬に特有とも言える新たな問題点も生じているということである.抗凝固療法はいまだ諸刃の剣である.新規抗凝固薬は従来通りあるいは従来以上にきめ細かい配慮をしながら使用すれば,より良い結果(頭蓋内出血の頻度低減など)が得られる薬剤と認識するべきである.手間が掛からなくなるからと安易に使用していると痛い目にあう.また新規抗凝固薬は決して横並びではない.冷静な目で,詳細に大規模試験の結果を眺めれば,性能の差は明らかである.そもそもそれを認めないと使い分け論議はできない.使い分けというのは相対評価をしているわけだから.
“病気だけを診ず,患者を診ろ”とよく言われる.“心房細動だけを診ず,その背景・患者全体を診ろ”ということであろう.時代が変わって,新たな治療法が手に入っても,医療の本質はなんら変わらない.
2016 年3 月
大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学/先進心血管治療学寄附講座 准教授
奥山裕司