はじめに
本書は「精神医学系漢方医」という面妖なアイデンティティーを持つ開業医が綴った「漢方方剤学」の本です。
普通、方剤学の書籍というと効能別だったり五十音順だったり、ともかく網羅的にいろいろな漢方方剤について説明を加えるといった形式のものをイメージされると思います。つまり「調べる本」という感覚。
本書は違います。通読して頂く本を目指しました。
版元書肆からの要請が「楽しく学べる方剤学」ですので、もちろん漢方方剤についても多くを語ります。しかし、著者のもくろみは「通読していただき、漢方の考え方・センスを身につけてもらえる」ための本を目指す所存です。
楽しく通読して頂けるように、様々な雑学やら北京での体験談なども盛り込みました(申し遅れましたが、私の師匠は北京の先生方なので、一応私の漢方は中医学的なものがバックグラウンドになっております)。
中国の先生方との交流を通じて、様々なカルチャーショックを受けました。そんな事にも臨床のヒントがあることも論じたつもりです。
例えば診察室の構造など、プライバシーを重視する現代日本の常識から外れるようなところにもポジティブな側面がある、といったようなことです。
漢方的診察法に関して、従来とはちょっと異なる角度から論じてもみました。
方剤学ですから当然ですが、漢方方剤の組成についても多くを述べています。複雑な方剤でも基本的な要素の組み合わせと考えると、理解が容易になる。という発想で解説を展開しました。
漢方的臨床の妙味はナントカ病に対してカントカ湯という単純なものではなく、症例ごとに微妙な調整が可能であるフレキシビリティーにあると思います。
エキス製剤でも微妙な成分調整が可能である実例として、敬愛する神田橋條治先生がご呈示になっている、PTSDのフラッシュバックに対する処方の運用法についても一章をもうけました。神田橋師の処方紹介という意味ももちろんありますが、成分構成を少しずつ実際に変える感覚を読みとって頂きたく思います。
楽しく読めるよう、柔らかい文体を心がけたつもりです。気楽にお読み頂き、皆様の臨床センスの向上に、お役にたてれば幸いです。
平成27年秋
下田哲也