呼吸器診断OSインストーラー
私が研修医の頃,外来を始めるようになってまず困ったのは,初診の患者さんの診断をどうやって進めていくかということでした.その都度指導医,上級医に尋ねて何とか日々を過ごしていましたが,本当にこれでいいのか,系統的に勉強する機会がなかなかなかったのが現実です.
時が流れて滋賀に来て,学生さんや研修医の先生方に『どのように診断を進めていくべきか』を指導する立場になって,自分の身体診察スキルが我流であり,臨床推論に関しても真似事しかできていなかったことから,まずは人に教えることができるだけの力を身につけなくてはならない,ということで必死になって勉強しました.
高名な先生方のお話を伺うと,呼吸器症状の診断手順において,病歴,身体診察,そして胸部画像をはじめとする検査が三位一体となって進められていくことがよく理解できます.病歴をとって診察所見を推測し,診察して画像を予測し,診察してまた病歴に戻り,検査をしてまた病歴に戻ったり,検査結果を参考に診察をしたり…….相互に関係が深く,お互いを理解することでさらに他の所見の理解が深まり,俄然興味が湧いてくることを経験しました.
それまで疎かにしていた呼吸器疾患の診断過程,これをきちんと勉強すると,とっても面白いということが実感できたのです.
でも世の中には呼吸器科医が少なく,大学でも一般病院でも不在であることは少なくありません.そのため,学生や研修医の段階で,呼吸器症状を呈する患者さんの診かたを系統的に学ぶ機会がなかなかないように見受けます.これでは,診断の面白さが伝わるわけがない…….
私はこれまでにブログや出版を通じて,呼吸器の大切さ,面白さを多くの方々に伝える活動をしてまいりました.そこで今度は,研修医や若手の先生方,それに呼吸器に苦手意識のあるジェネラリストや非専門医の先生方のために,なかなか教わる機会のない,診断に至る道筋,その奥深さと面白さをお伝えしたい,と思うに至ったのです.
世の中には素晴らしい先生方が書かれた素晴らしい診断の本は少なからずあるのですが,それらは症状,身体診察所見,検査所見などが各々まとまって記載されていて,初学者にとってつながりが今ひとつ不明瞭なところがあります.
あるいは,一つ一つ症例を取り上げて「こう診断した」ということが書かれている書籍があり,診断の流れを知るには適しているのですが,症状ごと,あるいは診察,検査所見ごとに,解釈や次の流れ,どのような検査をやるべきかということをいちいち教えてくれるものではありません.
2012年2月に中外医学社さんからブログ書籍化のお話をいただき,ずいぶん年月が経過していたのですが,そういう思いもあり,呼吸器診断の道筋を,ロールプレイングゲームのように謎解きをして辿っていくような,楽しく大事なことが学べる本を作りたい,そのような想いを相談させていただき,この本の構想が浮かんできました.
病歴〜身体所見〜検査をこう考える,こう理解する,というところの基本的な考えかた,これはパソコン,スマートフォンでいうところのオペレーティングシステム(OS)であります.バラバラのデータがあってもOSがなくてはパソコンが動かないのと同様,バラバラの知識があっても,基本的な考えかたが身についていないと適切に診断を進めることができません.
昨今,画像診断装置が進化した,微量な物質の測定が可能になってきた,などによって,検査のみで「診断」ができるような錯覚に陥る若い先生が増えています.ですが,検査のみで確定診断ができるのは,画像診断による「存在」の証明,生検組織の病理診断くらいのものでして,通常は,少なくともコモンディジーズにおいては,病歴⇒診察⇒画像という順番で絞り込んで,検査前確率を上げることで,初めて検査が意味をもつことが多いのです.
パソコンにOSをインストールするように,患者さんの診療に際して,診断の流れを追体験するように読み進めていただければ,いつの間にか病歴聴取も,診察も,検査のチョイスも自信をもって進めていただけるようになるでしょう.
書籍にするにあたり特に気をつけたことは,
⃝初学者,初心者のために,読みやすいものにする.病歴聴取〜身体診察〜検査〜診断の流れを追体験して,初めて外来に臨む人にもすぐに役立ててもらえるよう,流れを重視したものにする
⃝自分が非専門医の立場で呼吸器以外の書籍を読むときのことを考えると,できるだけさらっと読めるように,記載は簡潔なほうがいい.数字を多く引用するよりも「〜っぽい」という記載にする
⃝流れに重点をおき,鑑別疾患のすべてを網羅する,というよりも,研修医の先生方,非専門の先生方に知っておいていただきたいコモンディジーズ,見逃しが命取りになる疾患など,重要な疾患を主に取り上げる
というところです.さらなる鑑別に興味が湧いたら,教科書,成書をお手にとっていただけましたら幸いです.
ずいぶん時間がかかってしまいましたが,何とか書籍としてまとめることができました.その間辛抱強くお待ちいただき,度重なる私のわがままを形にしてくださった宮崎さまはじめ中外医学社の皆さまには厚く御礼を申し上げます.
また,キャラクターイラスト原案を作成してくださった滋賀医科大学の卒業生で現在,大阪府立急性期・総合医療センター研修医の香山京美先生,どうもありがとうございました.
最後に,いつも助けていただいている呼吸器内科スタッフはじめ滋賀医科大学の皆さま,多くのことを教えていただいた患者さん方,いつも支えてくれる妻と課題を与えてくれる子どもたちに感謝します.
2015年9月
長尾大志