序文
我が国では,がんの治療を終えた,あるいは治療を受けつつあるがん生存者が500万人を超える時代を迎え,がんが“不治の病”であった時代から“がんと共存”する時代になりつつあります.がん患者にとっては,がん自体に対する不安とともに,がんの直接的影響や手術・化学療法・放射線療法などの治療により生じる身体障害に対する不安も同じくらい大きいものですが,これまで積極的に対応されてきませんでした.
そのような状況の中,2006年に制定された「がん対策基本法」では,基本的施策として,がん患者の療養生活の質の維持向上を行うことが国の責務であることが明確にされました.2012年度から始まった新たな「がん対策基本計画」では,分野別施策と個別目標のひとつにリハビリテーションが初めて取り上げられました.「がん患者の病状の進行に伴い,次第に日常生活動作に障害を来し,著しく生活の質が悪化することがしばしば見られることから,がん領域でのリハビリテーションの重要性が指摘されている」と問題提起され,取り組むべき施策として,「がん患者の療養生活の質の維持向上を目的として,運動機能の改善や生活機能の低下予防に資するよう,がん患者に対するリハビリテーション等に積極的に取り組んでいく」と明記されています.
がんリハビリテーションを実践するためには,がんの病態やがん治療に関する全般の知識が必要とされると同時に,精神心理,認知障害,摂食嚥下障害,運動麻痺,四肢の浮腫,呼吸・循環障害,病的骨折,切断などの障害に対する高い専門性が要求されますが,がんリハビリテーションに関する専門的な知識および技能を有する医療スタッフがいまだ十分に育成されていないのが我が国の現状です.
そこで,がんリハビリテーションを学んでいくための,実践的な入門書として本書を企画しました.2007年度から厚生労働省委託事業(現在は後援事業)として,「がんのリハビリテーション研修CAREER(Cancer Rehabilitation Educational program for Rehabilitation teams)」が開始され,我が国でも本格的に専門家育成の取り組みが始まったことから,同研修の講師を中心に,現在,第一線でがん医療やリハビリテーションに携わっておられる先生方に執筆をしていただきました.研修会のプログラム内容に準拠し,疑問点や問題点などをQ&A形式で解説しています.
がん患者が,がんの経過に合わせた最善な治療やケアを受けるためには,様々な職種がチームを組み,多職種チーム医療を展開し,治癒を目指した治療からQOLを重視したケアまで切れ目のない支援体制を確立していくことが必要です.がんリハビリテーションに携わる医療スタッフが,それぞれどのような役割を担い何を考えどう動けばいいのか,実際の現場で必要となる知識や技術を学べる初学者向けの書として,がん医療に携わる医師,看護師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,管理栄養士,歯科衛生士,臨床心理士,介護福祉士,ソーシャルワーカーなどの多職種チームの方々の日々の臨床のお役に立てるものと自負しています.
本書が,がん医療の質の向上に貢献し,がん患者さんのQOL向上の一助となることを期待しております.
2015年5月
慶應義塾大学医学部 リハビリテーション医学教室
腫瘍センターリハビリテーション部門
辻 哲也