序文
超高齢化社会の到来とともに拡張不全(拡張期心不全,heart failure with preserved ejection fraction(HFpEF)ともいう)は増加の一途を辿っており,その影響は臨床の現場に確実に表れている.現在,CCUの入院患者は急性心筋梗塞患者よりも心不全患者,それも高齢者の拡張不全患者,が大きな割合を占めるようになってきている.ひと昔前では考えられなかったことである.また,外来診療でも詳しく問診をとったりBNPを計測したりすると,ほとんどの高齢者に拡張不全に伴う心不全症状があることがわかる.今後さらに高齢化が進めば,循環器救急の多くを拡張不全患者が占め,循環器内科医がその診療に忙殺されるという,まさに悪夢のような状況が迫っている.
このように拡張不全はありふれた疾患であるが,これほどわかりにくい疾患もない.
・なぜ左室の収縮力が保たれているのに心不全になるのか?
・なぜ,高齢,高血圧患者に拡張不全が多いのか?
・左室拡張能はどう評価したらよいのか?
・収縮不全患者と同じぐらいに生命予後が悪いのはなぜか?
・収縮不全に有効な治療戦略が拡張不全患者に歯がたたないのはなぜか?
・どのようにしたら拡張不全を予防することはできるのか?
疑問を抱きながら診療している先生も多いのではないであろうか?
朗報もある.拡張不全も早期に診断して生活習慣の改善や厳格な降圧療法を行うことで,心不全の発症を予防できる可能性があることが明らかとなってきた.すなわち,拡張不全は循環器専門医だけではなく実地医家が本気に取り組むことが求められる疾患でもある.
本書は,今後激増する拡張不全とはどういうものか,どう対処したらよいか,疫学,機序,診断法から治療法に関する様々な疑問に対して最新知識を交えてエキスパートにわかりやすく解説してもらうことを目的としている.本書を明日からの臨床に役立てていただくことができれば,執筆者一同の大きな喜びである.
2015年3月
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科
伊藤 浩