はじめに
医学的根拠に基づく治療は重要です.特に医学的根拠を集めて刊行されたガイドラインは重要で,診療の助けになるのは自明です.しかし,すべての患者がガイドラインだけで治療管理できるとは限らないのが現状です.それは,患者には個人差がある一方で,医学的根拠の原則は,最大多数の最大幸福の理念の下に成り立っているからであります.そこで,臨床医は,経験に基づいて,目の前の患者の有する個人差を見つけ出さなければいけないのです.医学的根拠は診療の現場にもあるはずです.
NBM(Narrative-based Medicine)は物語と対話による医療と呼ばれ,EBM(Evidence-based Medicine)とは異なる考え方として提唱されています.NBMの「ナラティブ」は「物語」と訳されます.患者が対話を通じて語る病気になった理由や経緯,病気について,いまどのように考えているかなどの「物語」から,医師は病気の背景や人間関係を理解し,患者の抱えている問題に対して全人的(身体的,精神・心理的,社会的)にアプローチしていこうとする臨床手法です.これは正に臨床現場で普段,行われていることです.ヒットした映画の中で,「事件は現場で起きている」というセリフがありましたが,「医療は現場で起こっている」のです.まさに,先生方の診察現場が重視されるべきなのです.その意味で,本書をCBM(Clinic-based Medicine)のようなイメージを持って読んでいただけたら幸いです.
70%治療効果のある薬Aと50%治療効果のある薬Bがあるとして,70%もあるなら薬Aを使う判断になります.これが,ある意味,正しいでしょう.しかし,患者によっては,薬Aで効果のない30%に含まれ,50%の効果のある薬Bが有効かもしれません.その場合,その人にとって,薬Aは0%効果で,薬Bは100%効果があったことになります.つまり,コップに入れたサイコロの目と同じです.予想しているときには,確率的に1/6ですが,コップをとり除いた後は,どの数字も100%なのです.ですから,臨床医である私がこの書籍の依頼を受けたときに考えたのは,EBMは大事ですが,いかに診察現場でそのEBMやガイドラインを使うかを書くことが使命だということでした.私事ですが,症例報告を数多く書いています.エビデンスレベルは低いです.しかし,臨床は経験です.これらを他山の石として,多くの先生の経験を疑似体験できれば,臨床医として1歩前に進めるのではないでしょうか? 今回,中外医学社のご厚意で本書を出版できることに深謝申し上げます.
2015年1月
清益功浩