はじめに
この本を手にとられた皆さんは,漢方に対してどのようなイメージ・どのような期待をもっていますか?
とりあえず,困った時に役立つ漢方薬を2〜3種類,覚えられたらラッキー!とのお考えかもしれません.
筆者のように漢方を専門の一つとしている者のところには,しばしば“かぜ”の時の漢方薬を教えて! めまいの漢方薬を教えて!といった話がきます.もちろん,当たり外れのないような薬の使い方だけをちょっとだけお話することもできないことはありませんが,もし西洋医学の治療法で,診断や病態生理はいいから,熱が出た時の抗菌薬と解熱薬の使い方を教えてくれ,痛みの時の対処法を教えてくれと言われたら,流石にどうかとおもわれるでしょう!? やはり面倒くさいと思っても,ちゃんと理論は知る必要があります.
また,正確な漢方に対する知識や内容が知られないまま,一般の方から医療者に至るまで勝手なイメージで,漢方が語られることが多いことに私は常々心を痛めています.漢方に関する正確な情報は一定の程度で世の中に流れていますが,体系的な漢方医学の内容の普及が不十分であるために残念ながら断片的な理解と,先入観に基づいた解釈になってしまっています.この原因として,巷にある漢方の入門書の多くは,論理・体系を述べない“How to”本か,またはかなりの予備知識と熱意がなくては読めない本で,忙しい医師が明日からの臨床に役立てるには困難な内容となっていることもあるように思います.
この本は予備知識のない,医師がよんで漢方の基本的な体系を理解できて,なおかつある程度の臨床応用が可能となることを目指した内容となっています.具体的には,現在世界で最も普及している漢方医学の体系である『中医学(ちゅういがく)』をベースとして,近年の日本で主流となっているいわゆる『日本漢方』の内容を盛り込んだ内容となっていますが,これは日本の歴史の中でも最も長期間,主流であった漢方の考え方に類似したものでもあります.こう書いてあると,既におわかりかもしれませんが,日本の漢方は独自の進化を歩んだいわば“ガラパゴス”です.この特徴的進化の良さを理解するためにも全体像を把握することは必要です.(このあたりの事情や内容は本書を読んでいる内においおいわかって頂けると思います).臨床の処方例では,ある程度有名な処方の使い方は盛り込みましたが,筆者が実際に使用してみて効果を実感できた内容を中心に選んで書いてみました.筆者は年間8万人弱の救急患者(内,8千台弱の救急車)がくる日本でも屈指の救命センターをもつ総合病院の総合内科医として,カゼから,かなり専門性の高い病態までほぼ内科の全領域を診療しています.こうした臨床経験から,西洋医学の標準治療で本当に困難を要するところに対する漢方薬の使用例という観点でまとめています.また極力,医療用漢方製剤の枠組みのみで書いています.このため,有名な漢方処方が載せられていないところもあります.また,もっとこんな使い方があるというご意見があるかもしれません.この点はご容赦ください.できるだけ,漢方の全体的な内容を書きましたので思いの外,ページが増えてしまいました.こんな多くの内容は大変!と感じられるかもしれません.でも,この本を最後まで読み終わられた時には,闇の中で茫洋としていた漢方の世界に,新しい光が差すと信じています.
では早速,目くるめく,漢方ワールドの“扉”をノックしてみましょう!!
最後に,私が執筆している間に,大変な思いをして,新しい命を生み育ててくれた和歌子と,やってきてくれた沙和,そして支えてくれた両家の両親,周囲の多くの人々,また,この偉大な英知を培い,伝えてくださった先達に感謝とともに本書を捧げます.
2014年3月
熊本赤十字病院 総合内科
加島雅之